東京地方裁判所 昭和46年(モ)15136号 判決 1974年8月15日
債権者 木内輝男
<ほか二名>
右三名訴訟代理人弁護士 村田友栄
同 菅沼政男
同 斎藤守一
債務者 高島基治
<ほか四名>
右五名訴訟代理人弁護士 小林優
主文
一 債権者らと債務者ら間の東京地方裁判所昭和四六年(ヨ)第五九二九号不動産仮処分申請事件について、同裁判所が昭和四六年九月三日になした仮処分決定はこれを取消す。
二 債権者らの本件仮処分申請を却下する。
三 訴訟費用は債権者らの負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(債権者ら)
主文一項掲記の仮処分決定認可の判決を求める。
(債務者ら)
主文一ないし三項同旨の判決を求める。
第二当事者双方の主張
(申請の理由)
一 被保全権利
1 別紙物件目録記載(一)の土地(以下たんに本件土地という)は、もと申請外木内重造の所有であったところ、同人は大正一二年頃申請外高島昂に対し、本件土地を普通建物所有の目的で期限の定めなく賃貸し、同人は本件土地上に別紙物件目録記載(二)の建物(以下たんに本件建物という)を所有して本件土地を占有していた。
2 高島昂昭和四〇年三月二八日死亡により、債務者高島基治は本件建物の所有権を相続により取得すると共に、本件土地の賃借人たる地位を承継した。
3 木内重造昭和四四年一一月二二日死亡により、同人の妻である債務者木内静枝、同人の子である債権者木内輝男、同木内重雄は共同相続により本件土地の所有権を取得すると共に、本件土地の賃貸人たる地位を承継した。
4 ところで、本件建物は、大正一二年中に建築されたもので、建築以来すでに五〇有余年を経過し、木造家屋としての耐用年数を大幅に超過し、その基礎部分分である土台、柱などは著しく腐朽し、建物全体が傾斜して倒壊するおそれがあり、居住に危険を感ずる程度に達している。
従って、本件建物は遅くとも昭和四五年一二月二五日までには建物としての効用を失い朽廃したから、債務者高島基治の本件土地賃借権は消滅した。
5 仮に本件建物全部が朽廃したものではないとしても、本件建物は、公簿上は一棟の建物でありながら、現況は別紙物件目録(二)Aの建物(以下たんにA建物という)と同目録(二)Bの建物(以下たんにB建物という)の二棟の建物にわかれ、両建物の間には巾二・七メートルの私道が設けられるなど実質的には別個独立の建物でありその敷地の利用関係もそれぞれ独立して維持できるものであるところ、少くともA建物は朽廃していることは明らかであるから、A建物敷地部分に対する賃借権は消滅した。
6 債務者高島基治を除くその余の債務者らは本件建物に居住してその敷地である本件土地を占有している。
7 よって、債権者らは、債務者高島基治に対しては本件土地賃貸借契約の終了に基づき本件建物を収去してその敷地である本件土地を明渡すべきことを、その余の債務者らに対しては、本件土地所有権に基づき本件建物から退去してその敷地である本件土地を明渡すべきことを求める明渡請求権を有する。
仮に本件土地全部に対する明渡請求権がないとしても、債権者らは本件土地の一部であるA建物敷地部分に対する明渡請求権を有するものである。
二 仮処分の必要性
債務者高島基治は本件建物を他に売却処分する気配も窺われ、また債務者高島基治を除くその余の債務者もその占有を他に移転する様子もみえる。しかしかゝる事態となっては、本訴において勝訴の判決を得ても執行が著しく困難となる虞がある。
また仮に債権者らが本件土地のうちA建物敷地部分に対する明渡請求権しか有しないとしても、前述の如く、本件建物は公簿上一棟であり、A建物についてのみ仮処分登記をすることは不能であり、従って本件建物全部について後記の仮処分を求める必要がある。
三 仮処分決定
債権者らは東京地方裁判所に対し債務者らを相手方として本件建物について処分禁止ならびに占有移転禁止の仮処分を申請したところ、同裁判所は、債権者らをして債務者高島基治のため金一二〇万円、その余の債務者らのため各金二〇万円の保証を立てさせたうえ、昭和四六年九月三日別紙仮処分目録記載の仮処分決定をなした。
四 よって右仮処分決定の認可を求める。
(認否)
一1 申請の理由一1記載の事実は認める。
2 同一2記載の事実は認める。
3 同一3記載の事実は認める。
4 同一4記載の事実は否認する。
5 同一5記載の事実は否認する。
6 同一6記載の事実は認める。
7 同一7の主張は争う。
二 申請の理由二は争う。
三 同三記載の事実は認める。
四 同四は争う。
五 本件建物は、コの字型の建物であって、北側に存在する部分と南側に存在する部分とは、建築の日時を異にしている。すなわち本件建物は、建築以来、相当の年数を経ているが昭和一一年三月頃、一部の移転増築がなされ、また、同年五月頃、一部新築がなされた。
六 本件建物は、昭和三五年から昭和三六年にわたり、その南側道路において、東京都下水道局による下水道埋設工事が施行されたため、その土台が地中に埋没し、右道路に面した柱は数一〇糎も陥没し、道路と三和土、敷居との間に落差が生じた。そしてこれについては、当時東京都から本件建物改修のために補償金が支給されたが、諸々の都合で改修が実現しなかった。債務者高島基治は昭和四〇年四月上旬頃当時の賃貸人である木内重造から本件建物の改築についての承諾を受け、改築時には、同人に対し承諾料として三・三〇平方メートル(一坪)当り金四〇〇〇円ないし五〇〇〇円を支払う旨約定した。
(抗弁)
債務者高島基治を除くその余の債務者ら四名は、その兄弟である債務者高島基治の同居者として本件建物に居住するものであるから、その敷地である本件土地の占有は債務者高島基治の本件土地賃借権に依拠するものである。
(抗弁に対する債権者らの認否)
債務者らの抗弁は争う。
第三疎明≪省略≫
理由
一 申請の理由一1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
右事実によれば債権者らが本件土地の所有権者にして賃貸人であること、債務者高島基治は本件土地の賃借人であり本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していることが認められる。
二 そこで、本件建物の朽廃により、本件土地賃借権が消滅したか否かについて判断する。
≪証拠省略≫を総合すると、本件建物は大正一二年の末頃に本件土地の南側部分に建築された一棟一戸の木造建物であったこと、債務者ら先代高島昂は、その後昭和一一年三月頃、本件建物の既存部分を本件土地の北側部分に移築して増築し、B建物となし、次いで同年八月頃、B建物に接続して、全体としてコの字型の一個の建物になるようにして本件土地の南側にA建物を新築し、現在に至っていること、ところで本件建物のうちA建物は、現在、土台、柱根、外壁、床の根太の一部に腐蝕した個所があり、また屋根の野地板が一部腐蝕し雨漏がする状態であり、さらに、地盤沈下や一階梁、かすがいの除去により建物全体が甚だしく南方に傾斜し、軸組の接合部分のほぞも破損し、修繕が不可能で使用も危険であること、これに反し北側部分は、現在、土台、柱根、外壁、床の根太、屋根、棟木に一部腐蝕した個所があるけれども、建物の傾斜は見られず、補修、維持管理が良好になされてきたため、通常の維持、補修をすれば、なお約一〇年間は使用に耐えるものであることが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、本件建物のうち約二分の一に相当するA建物は、破損の程度が著しく使用にも危険があり、通常の修繕により寿命を延長し社会的効用を完了し得るものとは考えられず、朽廃の域に達したことは明らかであるが、他方、その約二分の一に相当するB建物は、また通常の修繕によりそのまゝでも十分使用に耐えるものであり、朽廃の域に達したものではないと認められる。
しかして借地法二条に所謂「朽廃」とは必ずしも建物全部が朽廃することを要するものではなく、建物の部分的朽廃の場合にあっても一個の建物を全体として考察して社会経済上の効用を喪失したと認められるときには、これを「朽廃」と認めて差支えないというべきである。そしてこの理は地上建物が一棟であるか数棟であるかによっても異なるものではない。ところで、前記認定事実に弁論の全趣旨を総合すると、本件建物は、約二分の一の部分が朽廃状態にあるけれども、その他の約二分の一の部分が朽廃していないばかりでなく、右未朽廃部分はそれ自体で社会経済上の効用を有していることは明らかであり、右建物の部分的朽廃によって、本件建物が本来の目的に従った社会経済上の利用価値を失ったとは未だ認められないから、全体として朽廃したということはできない。
従って、本件建物の朽廃を前提として本件土地全部について賃借権が消滅したとする債権者らの主張は理由がない。
三 次に債権者らはA建物の朽廃により本件土地のうちA建物敷地部分の賃借権は消滅したと主張するけれども、≪証拠省略≫によれば債務者らはA建物およびB建物双方をその共同経営にかゝる協進塗装工業所の作業所、事務所および債務者らの住居として使用しており、A建物が朽廃滅失しても尚債務者らは契約の目的に従ってその敷地部分を利用する必要があることが認められ、右認定を覆しA建物敷地部分のみを他から区別して使用目的が達成したことを認めるに足りる証拠はないから、債権者らの右主張は理由がない。
四 以上の次第で債権者らの被保全権利を認めるに足りる疎明がなく、保証をもってこれに代えることも相当でないから、その余の点について判断するまでもなく先に債権者らの申請を容れてなした前記仮処分決定はこれを取消し、本件仮処分申請はこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九三条八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺剛男)
<以下省略>